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HOME > 英語とアスリート達 > vol.11-2 ヒロ松下

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Athletes and English 英語とアスリート達

Hiro Matsushita ヒロ松下
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vol.11-2 | vol.11-1(前回の記事)

アメリカでの生活が長くなって、会話には何不自由をしなくなっても「困ったことが一つだけあった」とヒロ松下は言う。それは、レース終了後に行われるインタビューでの受け答え、"Yes"と"No"との使い分けだった。日本語で「はい」だから"Yes"にならない、「いいえ」だからといって"No"とはならない。それは日本人がもつ共通の課題であった。

取材/文 恩田ひさとし
インタビュー
インディー500
 アメリカのレースというと真っ先に思い浮かぶのがインディー500だろうと思います。これが非常に特別なレースなんです。
いくらインディー500といっても、一つのレースに過ぎないだろう、16戦(当時)あるうちの一つのレースだろうくらいの感覚でした。ここを勝ったからといって、ほかのレースの2倍、3倍のポイントがもらえるわけでもないし、どうしてアメリカ人はこのレースにこんなに盛り上がるんだろう、これが日本人としての正直な気持ちでした。
 でも、本戦のピットに並んだ瞬間、アメリカ人かここまでインディー500に燃え上がるのがわかりました。インディアナポリスのコースは1周がおよそ4キロ。国立競技場が1周400メートルですから、10倍の距離にあたるコースに40万、50万の観客が集まるわけです。クルマの中からでも、これだけの人が集まるのを目の当たりにすると、びっくりしますよ。地方都市の全人口が一個所に集まる計算になりますから、アメリカ人がインディー500に抱く関心というのが、目から伝わってきました。
レース中の会話
 わたしがインディーに参戦し始めたころは、コックピット内のメーターがほとんどアナログでした。
 当時は「水温計何度」「燃料どのくらい」と、ピットとやりとりを行っていました。昔の方がレース中の会話は多かったと思います。
レース中に行うピットの会話の一例を挙げると、クルマがオーバーステアの症状が出ているとしましょう。オーバーステアの状態を事前にメカニックと相談して、5段階に分類しておきます。「オーバーステア3」と伝えると、リアウィングをこのくらい調整して、フロントウィングはこのくらい調整すると決めておいて、ピットインをしたときに、ウィングの調整を行ったりします。
 ほかには、後ろを走っているクルマが同周回なのか、それとも周回遅れなのか、ピットと連絡を取り合って、「周回遅れだからパスさせても問題ない」というようなやりとりもしています。
レース中の会話は単語
 レース中の会話ですけど、センテンスに形をとることもありますけど、単語の方が多いでしょうか。
 例えば、
"Too much under steer, middle speed."
(ミドルスピードでアンダーが出るんだけど……)
"Too much bottoming."
(車高が低くて、こすっちゃってるよ)
 ピットからは
"Pit 3 lap."
(3周回後にピットに入って)
という感じですね。
 無線というのは聞きにくいので、わかりやすい単語でピットとドライバーは会話をします。
レースカーの無線の状態は、ジェット戦闘機よりも条件が悪いんですよ。ノイズの発生源が無線機に近いのが原因です。このような状態でピットとのやりとりをしていますから、「単語」中心の会話になります。
 それと、無線も機械ですから、壊れることもあります。そのような場合、ボードでピットからの指示があったり、ドライバーも、ジェスチャーというか、一種の手話のような形でピットに意志を伝えたり、することもあります。前を指したらアンダーステア、後ろを指したらオーバーステア、それに、先ほど言った5段階レベルを指で示すといった具合です。
「はい」と「いいえ」の違い
 英語でとまどったのが、「はい」と「いいえ」でしたね。日本語では「はい」なのに英語では"No"と答えなければならない、否定の疑問文といったたぐいの表現です。
 予選の後、本戦終了後にインタビューを受けますが、この違いは、なかなか慣れることができませんでしたね。原因は、英語のインタビューを頭の中で日本語に変換し、答えは日本語から英語に変換してと、その日本語を介する部分で、"Yes"と"No"の逆転が起こるのでしょうが、これには悩まされました。
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取材後記
スーツをびしっと着込んで取材現場に登場したヒロ松下さん。サーキットで見せた表情とは別の、ビジネスマンとしての姿が印象的でした。今でこそ、国内のレースで活躍をすれば、ヨーロッパへ、そしてアメリカへと当たり前のようにドライバーは活躍の場を求め、海を渡ります。そのパイオニアとして、日本人ドライバーの実力を海外にアピールした走りは今でも忘れられず、取材中もインタビューアとしてよりも、ファンだった自分が前面に出てしまい、疑問に思っていたことのあれやこれやへと脱線したりもしました。その一つをご紹介すると、観客である僕たちには爆音のように聞こえるエンジン音ですが、コックピットの中のドライバーには、ギアボックスが発する高周波音の方がうるさいとか…。

プロフィール
ヒロ松下

ヒロ松下(ひろ・松下)

本名松下弘幸(松下弘幸)。45歳。日本人初のインディーカードライバーとして、1990年から9年もの間、トップドライバーとして活動を続け、その後日本人ドライバーがアメリカで活躍する道を切り開く。現在、日本では株式会社パシフィックマーケティング会長として、アメリカではスィフト・エンジニアリングの会長として、ビジネスシーンにおいても活躍を続ける。

Hiro Matsushita Homepage



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