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HOME > 英語とアスリート達 > vol.5-2 神尾 米

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Athletes and English 英語とアスリート達

Yone Kamio 神尾 米
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vol.5-2 | vol.5-1(前回の記事)

「英語ができると可能性が広がる」は誰もが感じている。だが、どう広がるかが具体的に分かるのは、英語ができなくてチャンスを逃したときかなのかもしれない。「英語ができなかったばかりに…」と思ったとき、英語の大切さが理解できる。

取材/構成/文 恩田ひさとし
インタビュー
三年目
プロとしてやっていけると思えるようになったのが三年目からになります。正確な、きちんとした英語は話せなかったと思いますが、ヒッティングパートナーを見つけたりなどテニスに関すること、日常生活に必要な会話だけでも何とかなるようになったことが精神的に大きかったですね。
英語が思うようにならないときは、大会中にけがをしても、主催者が用意したトレーナーを呼ばないで、我慢していました。トレーナーを呼んでも症状が伝えられませんから…。でも、こんなことでは体が持たないですよね。とにかくトレーナーに来てもらって、何とかして症状を伝えよう、それができるようになったのも、三年目からです。
英語が何とかなると、ずいぶんと楽になりました。英語が分かるようになって勝てるようになったは言い過ぎかもしれませんが、一緒にツアーを回っている仲間から孤立することはなくなりました。話せないとどうしても一人になりがちですから…。
世界が広がる
「英語ができれば世界が広がる」、これがわたしの思いです。現役を退いてからもこの考えは変わりません。英語ができるだけで選ばれることがあるし、チャンスも広がります。
わたしの場合は、「英語ができれば外国人選手にインタビューができたのに・・・」とか「スポーツ番組のリポーターとして使ってもらえたかも・・・」と感じることが正直言ってあります。
現役時代には英語でつらい思いもしました。引退してからは英語が話せないばかりに仕事がほかの人にいってしまい、悔しい思いも経験しています。可能性を広げる意味でもみなさんには勉強に取り組んでもらえればと思います。これは英語で苦労をしたし、今も悔しい思いをしているわたしの実体験からです。
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取材後記
元トッププレーヤーの神尾さんの取材ということで、スライスサーブの打ち方を教えていただきました。今後わたしのスライスサーブは「神尾米直伝」と勝手に威張らせてもらうことにします。
それはさておき、取材中は記事のテーマとは離れたところで、話がいろいろと展開していきます。そんな中、今回興味深かったのは全米オープンでのセレスとの試合についてでした。
 
「一番思い出に残っている試合は、全米オープンでセンターコートに立てたときですね。95年の三回戦、モニカ・セレスとの試合でした。グランドスラムのセンターコートは最初で最後でしたから大切な思い出です。セレスとの試合ということも大きな意味がありました。セレスはわたしの大好きな選手です。全米オープンは二週間の長丁場ですから、ランキング上位の選手は最初の一回戦、二回戦は全力でプレーしないことが多いんです。でも、セレスはプレーで手を抜くことはしません。格下相手でも常に全力でボールを打ってくるのは、わたしにとっては大変ありがたいことでした。いつも全力でプレーをするその姿勢は「女王」の名にふさわしい選手と思っています。」

プロフィール
神尾米

神尾米(かみお・よね)

元プロテニスプレーヤー。横浜市出身。東海大学相模高等学校卒業後プロに転向。全日本テニス選手権優勝、グランドスラムをはじめ、多くの国際大会で活躍。最高ランキング24位。全日本室内テニス選手権優勝を最後に1997年引退。

 

http://www.kamioyone.com/


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