英語を学ぶ、覚える、モノにする

100万人の英語

今週のおすすめページ サイトマップ

メルマガ購読

広告掲載について


HOME > 英語とアスリート達 > vol.1-2 加藤寛樹

英語とアスリート達 英語とアスリート達 加藤寛樹
加藤寛樹 加藤寛樹

vol.1-2 | vol.1-1(前回の記事)

 アメリカでレースにフル参戦を果たした2000年。夢の舞台での第一歩だった。しかし、加藤を待っていたのはマシンの不調。だが、その症状をピットに伝える言葉が見つからない。結果はリタイア。「ここまで英語を勉強しなければならなかったんだ……」、言葉の洗礼を受けた第一戦だった。 
取材/構成/文 恩田ひさとし
カメラマン:出町公宏
インタビュー
レース中のトラブル、どうメカニックに伝えれば
英語が原因でとんでもない目にあったのが2000年に参加したアメリカのレース(アメリカン・ル・マンシリーズ)の初戦でした。
  ギアボックスにトラブルが発生して、それを伝える単語が出てこない! レース中は心拍数が180くらいまで上がる心臓バクバク状態。「なんて言えばいいんだ」だけ考えていたら事故を起こしてしまうかもしれない。極限の状態で言葉なんて浮かんできませんよ。たぶん「ギアボックス、変」とか無線でピットに伝えていたんじゃないかな。散々なアメリカデビュー戦になりました。
  こういう緊急事態に遭遇して、「ここまで英語をやっていけなければならなかったんだ」とつくづく実感しましたね。
  これを教訓にアメリカのエンジニアを捕まえて、「これこれこういうトラブルが発生した場合はなんて言うのか」を全部書き出してもらって、それを丸暗記して次のレースに臨みました。準備万端の第2戦目でしたが、そういうときに限ってトラブルって発生しないもんなんですよ(笑)。
  トラブル発生時以外にも、ドライバーはけっこうしゃべっていたりします。ル・マンのような耐久レースの場合、ドライバー交代の時間が近づくと「おなかがすいたからおにぎり用意しておいてね」なんて、ピットにいる日本人スタッフに言ったりしますよ。競り合っているとここでは言えないようなスラングで相手の選手に文句を言うドライバーの中にはいますよ。ぼくもまねして使ってみたらチームから「そんな言葉は使うな!」って注意されたこともありましたけど……。
「すごくきれいだ」とスタッフが絶賛した英語中学生向けの参考書とドリルのおかげだった
英語教材写真 2000年のアメリカのレースでは、日本人は自分一人でしたので英語漬けの毎日でした。そんな環境にいると3ヶ月くらいで外国人の話す単語から何を言おうとしているのかイメージできるようにはなりましたね。日本人が周りにいない環境は慣れないうちは大変ですけど、後々のことを考えたときに大変ありがたです。
  チームドライバーも近所にいたので、よく遊びに行って、彼の子どもと話をしましたね。子どもの英語ってゆっくりとしたしゃべりで、聞き取りやすいんですよ。だからリスニングのトレーニングに最適。それに難しい単語も構文も使わないから、表現も簡潔で覚えやすいんです。
  海外での生活で実感したのは、まずは単語を覚えることですね。単語を覚えなければどうにもならない。そのボキャブラリーの不足を補うのに役に立ったのが『三省堂の英和・和英辞典』。英和和英が一冊になっているポケットサイズの辞書で、通じなかったらページを開いて単語を指で示してって感じです。
  文法の勉強は中学生用のドリルと参考書ですね。英語は本当に勉強しなかったので、ドリルと参考書でやり直しですよ。大学入試最終日が英語の実力がピークというタイプでしたから。
  この参考書で勉強をするようになって、チームメートから「すごくきれいな英語だ」って言われるようになったんですよ。「その英語はすばらしいよ」って。スタッフが言うには「学校に行ってくる」から「わたしは学校に行って参ります」のように丁寧な印象になるらしいんです。
  同じ参考書を使って勉強しても、学生のときは会話のためではなく、点数をとるための勉強ですよね。これこれこうだから、括弧の中にはこれが入るという覚え方しかしていませんでしたけど、海外でレースをする、生活をするという目的がありますから、心構えが違ったからなんでしょうね。
  文法的には、中学レベルをマスターすれば十分でした。ぼくの場合、日常の生活やメカニックたちとの会話ができればいいのですから、日本から持って行った参考書とドリルで事足りました。
少ないチャンスをものにするために必要なものはレーサー加藤寛規にとってそれは英語だった
 人生はそんなにチャンスはないと思うんですよ。ぼくの場合、1998年のマカオF3グランプリで結果を出せたことで、「世界でレースができるかも」とスクールに通い始めました。
  翌1999年にル・マンに参戦したとき、スクールで勉強したおかげでチームスタッフともコミュニケーションがとれました。ル・マンでの成績とスタッフとの仕事ぶりが認められたと思うのですが、アメリカン・ル・マンシリーズのチームオーディションに声がかかって、フルシーズンの参戦ができたわけです。
  世界でのレースが可能になったのも英語を勉強し始めたからだと思うんですよ。英語の勉強をしていなかったら、コミュニケーション能力の点からオーディションの誘いがなかったか、あるいはチームオーナーやスタッフとの面接で落とされていたかもしれませんね。
前回の記事へ
取材後記
  今回の取材、もっとも印象深かったのが「きれいな英語」とスタッフにと言われた原因が中学生向けの参考書とドリルにあったとこと。学習参考書というと実用英語の対極にあるものと考えられがちですが、ネイティヴが「きれい」と感じる源があったというわけです。英語はさまざまな学習方法が提唱されていますが、中学英語にある基本の大切さを考えさせらた一言です。

アスリートが使う現場の英語

 レース中、カーレーサーが体験している脈拍、それは階段上り下りのダッシュを繰り返したときに体験するバクバク感に近いとのこと。この非日常的な身体状況下で、マシンの状態を的確に伝える語学力と冷静さがレースカードライバーには求められます。

ドライバー:I got a problem./I got a gearbox problem.
チーム  :Stay out./Pit in next lap.

ドライバー:I made spin, sorry. But I'm running now.
チーム  :…….

チーム  :Car#7 is 2 sec behind, push more!
ドライバー:OK!

プロフィール

加藤寛規(かとうひろき)
1968年神奈川県生まれ。レーシングカードライバー。1990年のF100サーキットカートをスタートに1995年全日本F3選手権シリーズ3位、1998年全日本F3選手権シリーズ2位、マカオGP6位。その後も全日本フォーミュラ・ニッポン、ル・マン24時間、アメリカン・ル・マンシリーズ、FIA Sportscar Championship、全日本GT選手権とトップカテゴリのレースで活躍。
インフォメーション

大山豆腐画像加藤さんの実家は有名な大山豆腐。にがり100%の味に常連多数。
中でも麦とろ納豆は健康にも良くおいしいので、食通にも素材のよさが認知されています。
お問合わせ・詳細はこちらをご覧ください。

関連記事もチェックしてみてください。
http://ish.parfe.jp/mt/archives/000837.html


リストページへ ページトップへ