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HOME > 英語とアスリート達 > vol.28 内野洋平

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Athletes and English 英語とアスリート達
内野洋平
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vol.28 開拓者だからこそ面白い

頑丈で低い車体、小さなタイヤ、そして固定ギア。特徴的なフォルムを備えた自転車=BMXを使って行われるアクロバティックなパフォーマンスに、高校生だった内野はたちまち惹き付けられた。水泳選手としてのトレーニングと並行しながら、ときには明け方までBMXに乗り込み、徹底的に技を磨いた日々。そして彼は、まだまだプロスポーツとしての下地ができているとは言えないBMXの世界に、プロとして飛び込んでいきたいと考えるようになっていた。

取材・文 猪狩真一/写真 出町公宏
インタビュー
プロとしての未来をBMXに見出して
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 BMXに出会ったのは高校生のときです。スケートボードを始めたくて、クラスメイト10人ぐらいでスケートボードの大会を見に行ったんですけど、実はその情報が間違っていて(笑)。やってたのはBMXのショーみたいなやつだったんですよ。でもそのうち、スケボーを見に来たことも忘れて、「こっちの方がいいや」って感じになって、全員でBMXを始めることになったんです。

 それまで僕はずっと水泳とスキーのモーグルをやっていて、どちらも本気で取り組んでたんですけど、選手としてはうまくいかなくなってきてました。身体の成長が止まってタイムが伸びなくなったり、雪の少ない兵庫にいて週末だけ練習しに行ってる自分と、小さい頃から毎日練習してる長野や北海道の選手との差を感じたり。だから、(身体のサイズや住んでいる場所に左右されない)平等なスポーツで次に出会ったものを本気でやってみたい、と思ってたんです。

 そんなふうに、一緒に始めた仲間のなかでも僕だけ意識が違ってたから、上達するスピードも異様に速かった。水泳も続けながらだったのでキツかったですけど、練習時間も全然違いましたからね。昔から人を驚かすのが大好きだったので、陰ですごい練習して、次々に技を覚えて高校のやつらをびっくりさせて。それで、高校を卒業するときには神戸では一番になってました。

 だけど、神戸で一番って言ってもちっちゃいもんだから、もっと上に行きたいと思って、BMXで食べていきたいという話を先生や両親にしたんです。でも、そういう選手がいて稼いでいるわけでもないからと言われて、とりあえず就職したんですが、働きながら練習していても全然伸びなくて。仕事は3か月半で辞めました。

 すると両親が、じゃあ23歳までは好きにしていいと。大学に行ってる年齢まで頑張ってみて、それでプロになれなかったらBMXは趣味にして就職する。そんな約束でした。そして、仕事でも身体を鍛えられるようにスポーツクラブで水泳のコーチをしながら、すべてがBMXのためになるようなサイクルを作っていったんです。

会場の空気と自分が一体になるような感覚

photo その後は2年でプロのレベルまで一気に伸びて、東京に出てきてプロのライセンスを取りました。そして、23歳まであと2か月というとき、05年に日本選手権が地元の神戸であったんです。両親も友達もみんな見に来て、期待するじゃないですか。でも自分では「とりあえず決勝に進めればいいや」としか思っていなくて。

 当時の僕は難しくて派手な技をやるのがすごく好きで、決まれば優勝、失敗すれば予選落ちという感じで、それまでの日本選手権では予選落ちばかりだったんです。ところがその神戸の大会では、たまたまマグレが起きた。ふだん決まらないような技、決まる確率が10%ぐらいしかないような技が、立て続けに4つ全部決まって優勝したんです。そのときの映像を見たら、自分自身がすごいびっくりしてるぐらいで(笑)。その優勝から、メディアに出たりスポンサーがついたりと、プロとしての道が一気に広がっていきました。

 いまも大会でやるのは難易度の高いトリックがほとんどですけど、昔とは違ってかなり決まりますね。それも練習中には決まらない技を、本番で決めるんです。05年のときは気付いてなかったんですけど、自分はここ一発に強いんだなと。それを過信しすぎて失敗したことも何度もありますけどね(笑)。

 言葉では説明しにくいんですけど、本番になると、身体が全然重たくなくなって、会場の空気と自分が一体になってるんです。(自分のパフォーマンスを)お客さんとして見てるような感覚で、「決めなあかん」とは思っていても、まったく気張って乗ってない。自分自身がホントに楽しんでるんです。去年(08年)、アメリカの世界選手権で優勝したときも、他の選手より笑顔が多いねって言われたんですけど、それは作ってるわけじゃなく、ホントに楽しいから笑顔になってるんですよね。

 僕がやるのはほとんどがオリジナルの技。ありものの技はしません。BMXって流行ってないじゃないですか。でもそこに面白さがあるのかなっていまは思います。流行ってないからこそ、もっともっと進化できるところがあるし、「こんなこともできるやん」という自分の思いつきが出せて、それが評価される。例えば野球で言えば、カーブしかなかった時代に、フォークを編み出したり、シンカーを編み出したりしたような人になれる。それって、最高に面白いことだと思うんですよ。

友達を作って積極的に英語を使う
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 英語を本格的に勉強し始めたのは、去年の世界選がきっかけです。外国人のライダーたちが笑顔で「すごい良かったよ」みたいなことを言ってくれて、こっちも友達になりたいと思ってるのに、それに対して何も答えられないのがもどかしくて。

 世界選の後、フランスのバッドシングという世界最強チームに入ることになったので、いまはパリにいるそこのメンバーと英語でメールのやりとりをしたり、スカイプ(インターネット電話)で直接話をしたりというのが主な勉強法になってます。基本的に僕は、きれいな英語というより伝わる英語を覚えたいので、なるべく短い形で意味の伝わる文章をたくさん教えてもらって、実際に会話で試してみる。やっぱり、実際にしゃべるのが一番上達が速いと思います。

 そういう意味では、外国人の友達を作るというのが一番ですけど、日本にいたらそれもなかなか難しいですよね。そこで使えるのがマイスペースとフェイスブックです。どちらも世界共通のミクシィみたいなものですけど、そこで友達になるとチャットができる。きれいな文章なんて必要ないし、短くて簡単な英語で打ち返しているとすごく会話っぽくなる。日本に興味がある外国人はいっぱいいるので、ネット上なら簡単に友達が作れるし。おすすめです。


Message-最後に一言!

BMX is not a sport

BMXに乗るときって、ふだんと変わらないような服装で乗るんですけど、もしBMXが単なるスポーツだとしたら、絶対に乗りやすいのはジャージなんですよ。それこそ抵抗が少ないから回る回数が増えるとか(笑)。でもそうじゃない。ファッション、スポーツ、音楽といった要素を全部ひっくるめてBMXなんです。速さを競ってるんじゃなく、アートを競ってる。だからとことんおしゃれにいこうよと。
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プロフィール
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内野洋平(うちの・ようへい)
プロBMXライダー。1982年、兵庫県神戸市出身。高校時代に出会ったBMXに魅せられ、本格的にプロを目指す。高校卒業から2年で上京し、プロのライセンスを取得。後にコンビを組む田中光太郎のもとでBMXのショーをこなしつつ研鑽を積む。05年にはKING OF GROUND(事実上の日本選手権)/ROUND2 in KOBEプロクラスで初優勝。最年少の全日本チャンピオンとなる。その後、CM、TV、アーティストのPVなどのメディアにも活躍の場を広げながら、BMXショーのパフォーマーとしても精力的に活動。08年5月にはFLAT LAND WORLD CIRCUIT(同年に開幕した世界選手権シリーズ)/1st STAGE Voo doo JAM in USAプロクラスで優勝。日本人初の世界チャンピオンとなった。

→ BMX Team “nidd” Official Site

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