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Athletes and English 英語とアスリート達
喜熨斗勝史
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vol.26 コーチの仕事は、人の心を動かすこと

日本にサッカーのプロがなかった時代、サッカーの現場に立ち続けるための最も一般的な選択肢だったのは、教員となって学校のサッカー部を指導することだった。しかし、93年のJリーグ誕生がそんな状況を変えた。都立高校の教員だった喜熨斗は、プロという新たなターゲットに挑戦すべく、最先端のサッカーを学びたいと考える。そして彼は、教員を続けながら猛勉強を重ね、東大の大学院に入学。科学的なアプローチでサッカーを捉え直し、理論的な裏付けを得ていった彼は、フィジカルコーチとしてプロの世界に飛び込むことになったのだった。

取材・文 猪狩真一/写真 出町公宏
インタビュー
サッカーに一生関わっていきたいという想いがすべての始まり
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 フィジカルコーチが何をする仕事かという完璧なカテゴリーはないんです。ときには監督のアシスタントとしてつくこともあれば、リハビリから復帰する人間だけを担当することもある。それはそのチームや状況に応じてさまざまです。ただ、どんな場合でも、フィジカルに関しての深い知識とノウハウを持って、選手とコミュニケーションを取りながら、選手がいかに100%の状態で試合に臨めるかというコンディションづくりをあらゆる角度からサポートする。そういう仕事ですね。

 選手としてずっとサッカーをしてきて、一生サッカーに関わっていきたいと思っていたんですが、Jリーグがなかった頃、一番深く関われるのは教員でした。実業団(日本リーグ)では、選手を引退したら会社に残る形になってしまうので。それで教員という道を選んだんです。ところがその後、日本にもプロができて、それならプロとして関わっていく方がいいだろうと。そのためにサッカーの最先端を学びたいと思ったとき、東大に日本サッカー協会の科学研究委員会の委員長がいらして、その人のところで勉強しようと考えました。

 教員を続けながら勉強して、東大の大学院に入学しました。そこでコネクションができて、ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)から、「いま日本ではフィジカルコーチの分野が非常に遅れてる。あなたはサッカーのフィジカルや科学的なアプローチについて勉強してきているから、ぜひうちのユースやジュニアユースでフィジカルコーチとして指導してくれないか」と誘われたんですね。

 当時は、昼間定時制の高校に勤務を変えてもらって大学院に通っていましたから、めちゃめちゃ忙しかったですね。午前中に教員をして、昼から大学院に行き、夕方にはベルマーレでコーチをする。その後帰ってきて朝4時ぐらいまで大学院の勉強をして、2〜3時間寝て学校に行く。そんな生活を続けているうちに、ベルマーレの監督が「トップチームでやらないか」と声をかけてくれたんです。そこで一大決断が必要でしたね。公務員という安定した生活がありましたから(笑)。でも、一番大事なのは自分がどうありたいかだし、レベルの高いところでやれるチャンスをもらえたんだからやってみようと。そうして教職をやめてプロになったんです。

身の回りに常に英語があるような環境を自分で作る

photo 英語は小さい頃から非常に身近にありました。うちの母親が文化放送のアナウンサーで、ラジオの『百万人の英語』の放送を担当していて、しゃべっているのを聞いてたんですよ。そういう母親の教育を受けていたので、英語を話せないと世界では通用しないということは何となく分かっていたんですが、中学・高校での成績はそれほど良くなくて、4とか3とかでフラフラしてたと思います(笑)。

 僕にとってのビッグバンというか、英語をドーンと勉強したのは、やっぱり東大の大学院を受けると決めたときです。それは大変でした。高校や大学の受験と同じで、“出る単”をやって“出る熟”をやって、英文和訳も片っ端からやりました。

 そのときに、英語の扉が一気に開いたんですよ。英語放送のFENを聞いたりもしてましたし、耳が慣れてたというのもあったんでしょうね。単語を勉強していったら、聞いても全部分かるようになった。いきなり映画が字幕なしで見れるようになったり、好きだった曲の歌詞が分かるようになったり。

 勉強のやり方にはいろいろな考え方があると思います。でも、サッカーがうまくなりたかったらいつもサッカーボールに触れていなきゃいけないのと同じで、英語が必要で勉強したいと思うのであれば、自分から進んで身の回りにたくさん英語を置いておいて、常に触れていなければいけない。ちょっと暇だなというとき、お笑い番組を見るんだったら、映画を字幕で見たり、英会話の番組を見たり。何でもいいから、常に英語を身近に置いておくのがいいんじゃないかなと思います。

 この間、試合のときに、簡単なヘディングシュートを選手が外したんですよ。そしたらピクシー(名古屋グランパス・ストイコビッチ監督)が僕の方を見て、「キノ! Maybe his head is triangle!」って。そんな言い方するのかって思わず笑っちゃったんですけどね。後で考えてみたら、トライアングルっていう楽器がありますけど、小学校の音楽の授業のとき、それが三角という意味だとは誰も教えてくれないんです。もっと言えばトライアングルって、トライ+アングルで、三つの角があるっていうことでしょ? 英語の授業じゃなくても、そういうことを先生がひとこと言ってくれれば、もっと英語が身近になって、世界がすごく広がって文化も分かるのにな、と思いますね。

心を動かせなければ、人のパフォーマンスは上げられない
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 いま僕がコーチとして辿り着いたところは、人のパフォーマンスを上げるためには、知識がいくらあってもダメだということです。選手の心を動かすこと、モチベーションの部分に触れることができなかったら、絶対にいいコーチにはなれない。だからいま、選手とつきあうときに一番気を遣っているのは、自分の知識をどう伝えるかではなくて、いかに自分の気持ちを伝えるか。「本当にきみに良くなって欲しいんだ」ということをまず伝えて、じゃあそのためには何が必要なのかという話に入っていくということですね。

 それはサッカーに限らず、ビジネスの世界でも、どんな世界でも同じだと思います。売上げがこうだから、この方法でこうやれと言っても、それだけでは人はやらないでしょう。その前にまず、「あなたがそうして欲しいなら僕はやります」という関係を作らないといけないのかなと。コーチの仕事も、そうやって人とコミュニケーションを取って進めていくところに、やりがいを感じますね。


Message-最後に一言!

Believe yourself

選手でも、本当のトップの人たちというのは、サッカーをすることを楽しんでる。イコール、自分の人生を楽しんでるんです。極端な話、生まれてきたこと自体がスーパーラッキーなことじゃないですか。自分自身を信じてやっていけば、何かいいことが絶対にある。自分を信じていきましょう、と。
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プロフィール
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喜熨斗勝史(きのし・かつひと)
名古屋グランパス/フィジカルコーチ。1964年生まれ、東京都出身。日本体育大学を卒業後、都立高校で体育の教員を務めながら、東京大学大学院総合文化研究科に入学。在学中にベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)の下部組織でフィジカルコーチとしてのキャリアをスタートさせると、97年には教員を退職し、同トップチームのフィジカルコーチとなる。その後、セレッソ大阪、浦和レッズ、大宮アルディージャなど、Jリーグの各チームでフィジカルコーチ、コーチとして活動。04年には、尚美学園大学サッカー部の監督代行ヘッドコーチを務めながら、元日本代表・三浦知良(カズ)のパーソナルコーチとして契約。05年に、カズが所属していた横浜FCのヘッドコーチに就任。翌06年のJ1昇格に貢献し、07年まで同チームで活躍。08年より現職。

→ 喜熨斗コーチのポジティブBLOG 「Power of Happiness」

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