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Athletes and English 英語とアスリート達
西野努
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vol.25 海外での生活が視野を大きく広げてくれた

受験勉強に真剣に打ち込み、その勉強疲れもあって、「大学に入ったらサッカーはやめて遊ぶ」と決めていたという西野。だが、「いったん遊び始めてみたらやっぱり退屈だった」と、彼は再びサッカー漬けの日々へと舞い戻った。そして、選手として大きな飛躍を遂げて手にしたプロ選手としての自分と、狭い世界のなかでの人間としての成長に焦りを感じていた自分。9年間の現役生活を終えた後、彼は、自らの器を広げるためにサッカー界を飛び出し、学生としてイギリスへ留学することを決めたのだった。

取材・文 猪狩真一/写真 出町公宏
インタビュー
Jリーグ開幕と同時に、想像もしていなかったプロの道へ
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 もともと会計士になることを考えていて、大学も経営学部の会計学科を選んだぐらいでしたから、プロの選手になるなんてことはまったく考えていませんでした。実際、高校まではサッカーの強豪校から声がかかるようなレベルの選手じゃなかったし、ただ一生懸命やっていて楽しいから続けていたというだけでしたね。

 でも、大学2年ぐらいから関西学生選抜に選ばれるようになって、4年になる頃に、いくつかのクラブから声がかかり始めたんです。ちょうどJリーグが立ち上がるというときで、僕のひとつ上の学年ぐらいから、Jリーグ入りするクラブに入ってプロ契約する選手が出てきていたんですね。まったく想像していなかった世界でしたけど、やりたいからといって行ける道でもないし、「やれるだけやってダメなら元のプラン通りの道に戻ればいい」と考えて、93年に浦和レッズに入りました。

 あの当時は、ひとつのブームで異常な盛り上がりがありましたから、何が何だか分からないまま渦に呑み込まれていたなという感じがあります。プロになってある程度のお金も入って、メディアにも出て。周りにはそのギャップから勘違いしてしまう選手もたくさんいたし、僕自身あの頃はお金の使い方もおかしかった(笑)。

 ただ、1年目の11月に脚を骨折して、半年ほどリハビリしながら自分を見つめ直すことができたのがすごく良かったなと思います。あの時間がなかったら、2年ぐらいでキャリアも終わっていたかもしれないという気がしますね。

 9年間の現役生活で、自分の能力は出し切ったと思います。(戦力外通告を受けたときに)引退を決めたのも、そういう自負があったからかなと。1年でも長くやろうと思えば、J2だったりJFLだったりで選手を続けることはできたと思いますよ。でも、Jリーグで優勝する、代表選手になるといった目標にはもう到達できないなという認識、見切りがあったのかなと。いまはそう思いますね。

留学は、自分の器を広げたいという想いから

photo 引退後、レッズでスカウトとして働かせてもらっていたんですが、いずれ留学させて欲しいということは言ってあったんです。最初は、どこに何をしにいくかという具体的なプランもなく、まず「海外に行く」ということありきでした。

 海外を意識していたのには、ひとつは、昔から親父に「一度は海外に行きなさい」と何かにつけて言われていたのがあったと思います。それと、サッカー選手の世界って、会う人の種類も限られていて、すごく狭くて閉鎖的な世界なんです。それはそれで完結した素晴らしい世界ではあるんですが、そのことへの危機感は非常に強かった。だから、もっと自分の世界、自分の器を広げなきゃいけないとずっと思っていて。そのためにも、何があっても留学はするということは決めていました。

 そして、引退から1年半後に、イギリスのリヴァプール大学に1年間留学し、MBAの経営学の基礎と、フットボールの世界のマーケティング、ファイナンス、グローバライゼーションなどを学びました。

 その前に1年弱、東京のブリティッシュ・カウンシルで留学用のイギリス英語の勉強をして行ったんですが、それでも最初はすごくキツかったですね。リバプールの訛りは、スピードが速くて口のなかでモゴモゴ言うので、非常に聴き取りにくい。ホームステイ先のファミリーや、ネイティブの人との会話は本当にキツかったです。

 それが、行って半年ぐらいのときに、突然すべてが楽になったんですね。読むのも書くのも聴くのも話すのも、すべてがスムーズになって。ふとした一瞬で楽になるってこういうことなのかと。不思議な体験でした。

英語に接した量と時間が、英語で考える回路をつくる
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 語学って、頭のなかで翻訳してると絶対に間に合わないですよね。会話してても英文を読んでいても、英語のままで考えて理解して返す、という習慣がつくとすべてがスピードアップする。「読み/書き/話す/聴く」の量をこなして語彙力がついてくると、その経験から自然と回路ができてくるんじゃないかと思います。

 大学の課題でも、エッセイをたくさん書かなきゃいけなかったし、講義も、ずーっと集中して聴いていても全部は分からない。一日授業を受けると本当に疲れて眠くなるんですね。そのぐらい、読み書きも聞き取りも、ものすごい量をこなさなきゃいけなかったし、会話も、たくさんの人とできるだけ多く会話するようにしていましたから。コツとかじゃなく、その量と時間が重要なんだと思います。

 てっとり早いのは英語しか話せない環境に身を置くことなんですが、日本にいてできるとすれば、友達や先生を相手に、そういう環境を少しでも持つようにすることですね。それと、面白い英語の映画を、英語の字幕つきで見るというのは、非常にいい勉強になります。文字を見ながら同時に発声を聴けて、日常会話の表現も覚えられますから。僕もイギリスではよくやっていました。

 MBAを取ったことは、イギリスに1年間いて得たもののなかでは本当にささいなことですね、正直言って(笑)。大きいのはやっぱり、ひとりの人間として視野がものすごく広がったということと、いま世界中でサッカーの仕事に携わっている30人のクラスメイトや、同じコースの卒業生たちとのネットワークです。

 海外で生活して初めて、自分が日本人なんだということが実感できたし、どんな分野の話題についても、世界のなかの日本人としてどう考えるべきかという視点が持てるようになったんです。その感覚を言葉で説明するのは難しいですけどね。

 そして、1年間一緒に生活した友達というのは何物にも代え難いものだし、卒業生も含めたメーリングリストにひとつ連絡を入れると、世界中のどこからでもバッと返信が来たりする。そのネットワークのなかにいられることは大きいですね。サッカー界のなかにそうしたつながりがあることは、お互いにとって、将来的にも絶対にプラスになることだと思います。


Message-最後に一言!

You'll never walk alone.

本当は、「みんな一緒に」という意味の「together」という言葉が好きなんですけど、それだとルー大柴さんになっちゃうから(笑)。似たような意味の言葉で、僕の大好きなリヴァプールFCのサポーターのスローガンを挙げておきます。
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プロフィール
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西野 努(にしの・つとむ)
元プロサッカー選手。1971年生まれ、奈良県出身。奈良高校から一般入試で神戸大学経営学部会計学科に進学。プレーヤーとして関西大学リーグで頭角を現し、Jリーグが開幕した93年に浦和レッズに加入。9シーズンに渡ってDFとして活躍し、98年には日本代表候補にも選出された。01年のシーズンを最後に現役を引退。浦和レッズのスカウトとして活動後、03年にチームを離れてイギリスのリヴァプール大学に留学。フットボール・インダストリーズ・コースでスポーツビジネスについて学び、MBAを取得した。04年に帰国後、浦和レッズの事業部を経て、05年に独立。現在は、サッカースクールのコーディネート、執筆、講演、ビジネスコンタルサントを中心に幅広い活動を行っている。

→ 西野努オフィシャルサイト「TSUTOMU-NISHINO.COM」

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