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チアを始めて3年目の04年に、NFLチアリーダーのジャパンオーディションに合格してアメリカに行きました。現地の最終オーディションでは、隣でお化粧を直しているブロンドヘアーで目鼻立ちのはっきりしたグラマーな女性を見ながら、私の顔ってなんて扁平なんだろうとか、私の胸ってフラットだわ、なんて思ったんですけど(笑)、2年間できる限りの時間を割いてやれることはやってきたし、見た目をカバーできる何かを私は持っていると思えたので、本番のオーディションでものびのび踊ることができました。そして、サンフランシスコ49ersのチアリーダーを1シーズン務めることになって。
最初は、英語ができないことがもとでまったく自信がなくなってしまったときがありました。ミーティングでも何を言ってるのか全然分からないし、日常生活でも、何度も聞き直して嫌な顔をされたり。英語は学生の頃はすごく好きで、大学も英文科でしたし、中学校の英語科の教員免許も持っていたんです。少しは自信があったんですけど、それで逆に、「こんな簡単なことも通じないなんて」とショックを受けてしまって。やっぱり、机の上で勉強したものと会話で使うものは違っていたりしますし、日本にいるときは会話をする機会がほとんどなかったですからね。
でも実は、現地でもネイティブスピーカーの人と話す機会をなかなか見つけられなくて、もどかしい思いをしていたんです。私が住んでいたシリコンバレーは、インドや中国から来た外国人のエンジニアの方が多かったですし、NFLのチアリーダーは1試合で50ドルいただくぐらいのほとんどボランティアなので、チームメイトも仕事や勉強、アルバイトなどで忙しくて、普段から気軽に遊べるほど暇じゃない。そこで、日本語を学びたいという人を探して、私が英語を教わって相手に日本語を教えるという、ランゲージ・エクスチェンジ・パートナーになってもらって、1週間に1回勉強し合ったりしていました。会話だけじゃなく、メールをしたり、英語で書いた日記を直してもらったりということもしていましたね。
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