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HOME > 英語とアスリート達 > vol.22 平林 泰三

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Athletes and English 英語とアスリート達
平林 泰三
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vol.22 世界に通じる道はひとつだけじゃない

幼い頃からテレビにかじりついて見ていたヨーロッパの5か国対抗ラグビー。日本の実業団ラグビーよりもインターナショナルラグビーを身近に感じていた少年は、自らのプレーヤーとしての限界を感じたとき、憧れていた世界の舞台に立つためにプレーヤーとは違った道を歩み始める。それがレフリーとしての道だった。ラグビー強国オーストラリアへの留学を経て、各段階での最年少記録を更新しながら、トップレフリーへの階段を登っていった平林泰三。彼はいま、アジア初のフルタイムレフリーとして、夢だったインターナショナルの舞台で戦い続けている。

取材・文 猪狩真一
撮影 出町公宏
インタビュー
インターナショナルラグビーの舞台に立つために
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 僕は5歳からラグビーを始めたんですが、小さい頃からラグビーをやってる人間にとっては、花園=高校ラグビーの全国大会っていうのがひとつの大きな夢なんです。でも、大阪や東京以外は1つの都道府県から1校しか行けないですから、僕自身、県予選で負けた段階でその夢はなくなって。花園に行って、明治大学に行って、日本代表になってプレーヤーとしてインターナショナルの舞台に行くといった、頭のなかに描いていた道が、高校の早い段階で現実味を失ってしまった。じゃあどうしたら、ずっと憧れてきたインターナショナルラグビーに関われるんだろうと考えたときに、レフリーが一番可能性があるなと思ったんです。

 それで大学2年生のときに、レフリーを目指すためにオーストラリアに留学したんですが、向こうのレフリーの師匠に「きみはまだプレーができるんだからプレーをしなさい」と言われて、またプレーを始めたんです。所属していたのはGPSクラブという、当時は15人中13人が州の代表、4人がナショナルチームのメンバーに入っていた、オーストラリアで一番歴史のあるチームでした。

 もちろん、そういう強豪クラブでプレーできていたので、いまで言う日本のトップリーグのチームからプレーヤーとして誘っていただいたりもしたんですが、プレーヤーとしての自分にしがみついても先がないなと。プレーヤーに戻ったのはあくまで、世界のトップレフリーになるにはトッププレーヤーとしての経験が役に立つという、レフリーの師匠の言葉を実践するためだったんです。

いい発音と“バリアを外す”ことが会話を膨らませる

 一番英語が上達した時期というのは、オーストラリアに行った最初の1年間、日本人の友達もいなくて、プレーヤーだけをやっていた時代だったと思います。普通の義務教育レベルの英語力でしたから、最初は本当に大変でした。乗り方が分からなくて、バスに乗れないぐらいでしたからね(笑)。

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 ただ、よく英語の音楽とかを聴いていたので、ある程度耳が慣れていたというのは良かったかもしれません。当時は、そうした言葉を自分の口からいい発音で出す、という作業をひたすらやってました。暇なときには、AからZまでを何度も何度も言ってたんですよ。完全に発音ができないと言葉が通じないですからね。

 僕は、発音はかなり大事だと思います。例えば、ABCの発音がしっかりできれば、見たことのない単語でもある程度発音できるじゃないですか。当時の僕が話していたのは中学生ぐらいの英語でしたけど、そのレベルで会話は成り立つので、あとは知らない単語をポンと言われたときに、「それってどういう意味?」って訊いて覚えていけばいい。でも、発音がジャパニーズアクセントだと、向こうは一気に引きますからね。「こいつは英語を話せないんだな」と。「この人は一度聴けばしゃべれるんだ」と思わせた方が、会話はどんどん膨らんでいくんですよ。

 文法なんかはある程度、学校の勉強で入ってますからね。日本の英語教育って、大学までやるとかなりのボリュームだし、センター試験の内容とかも相当レベルが高いと思うんです。僕が教材としてオーストラリアに持っていったのも高校や中学のテキスト。特別なものじゃないけど、実際よくできてると思いますよ(笑)。

 英語を話したいというときにどんなレベルでも重要なのは、俗に言う“ランゲージバリア”を外すことです。分からないことは分からないでいいんですよ。「僕は英語をしゃべれます」っていう意思表示さえすれば、相手がいろんなことを教えてくれるし、それが継続すればするほど上手くなっていく。

 僕たちのようにある程度話せる人間が、グラウンドのなかで選手に対して間違った言い方をしてしまったり、言ってはいけない言葉を使ったりというのは、これは失敗ですよ。でも、そこまで分かっていない人にとっては、失敗なんてないんです。分からないからと壁を作らずに、英語に接して欲しいですね。

それぞれのゲームにナチュラルに入っていきたい
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 オーストラリアでは、土曜日にプレーヤーとしての試合があったとしたら、日曜日はレフリーとして笛を吹きに行く、といった感じでした。そして98年に日本に帰ってきたんですが、当時は海外での実績はまったく考慮されなかったので、草ラグビーのようなランクから始めなければならなかった。だから最初は、一般の企業に務めながら、大学リーグの5部や6部で笛を吹いてました。でもその後、25歳ぐらいのときに、日本協会のレフリー研修が受けられるB1というランクに引き上げられて。そこからは早かったです。

 05年にフルタイムのプロレフリーになってからは、レフリーとしての思考回路や価値観も変わってきましたね。アマチュアの時代は、心のどこかで交通費として支給される3000円分だけの仕事をすればいいと思ってしまっていたかもしれません。でもプロになると、自分のパフォーマンスを商品として提供しなければいけない立場になって、人が気付かないようなミスでも、「この試合だったから助かったな」というように、目線がだんだん変わってくるんです。

 いまの一番のテーマは、どんなレベルのゲームであってもナチュラルに自分のベストのパフォーマンスを出すこと。インターナショナルのゲームを吹くのと大学生や高校生のゲームを吹くのでは、判断基準も判定基準も違いますから。“こういうときはこうする”という決めごとで裁くのではなく、目の前の人たちのレベルをパッと捉えて、そのゲームにナチュラルに入って判断を下せるかどうか。難しいですけど、いまはずっとそこにチャレンジしているんです。

Message-最後に一言!

「Play on!」

選手が「反則じゃないのか?」と思うようなプレーのとき、微妙なプレーのときに言う言葉です。「何でもない!」って。この言葉は好きですね。こちらのラグビーのコモンセンス(常識)に引き込んで、プレーの基準合わせをしている感じがします。これって日本語に訳したら、「そんなの関係ねえ!」ですかね(笑)。
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プロフィール
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平林泰三 (ひらばやし・たいぞう)

ラグビー・プロレフリー。1975年生まれ、宮崎県出身。5歳でラグビーを始め、宮崎大宮高校の3年生のとき、レフリーへの道を志す。宮崎産業経営大学在学中にオーストラリアに留学し、名門GPSクラブでプレーしながら、レフリーとしての活動をスタート。98年の帰国後も着実に実績を積み重ね、05年には日本初のフルタイムレフリー、06年には日本最年少で日本協会A級公認レフリーに。現在は、ラグビー強豪国の出身者で占められていたインターナショナルラグビーボード(IRB)の国際大会でも活躍しており、2011年のワールドカップでのレフリーチーム入りも期待されている。

→ 平林泰三オフィシャルページ

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