プロになりたいという気持ちが高まったのは、兄が日本のプロチームに入り、フランスに渡ったときです。兄はたくさんの海外で得た情報を僕にくれました。どんな雰囲気か、どんなレベルか、レースの展開や走る技術。すべてが日本とは違う。行ってみたい。行って、世界の選手と肩を並べて走りたい。
その願いは、高校卒業後に叶いました。日本のプロチームに籍を置いたものの、監督は「海外で修行してこい!」と、フランスのアマチュアチームに送り出してくれたんです。
はじめての海外生活。意気込んで海を渡ったものの、フランス語はさっぱり話せません。何しろ、挨拶くらいは……と思って、向こうの監督に「ピアチューレ!」と元気よく声をかけたら、「おいおい、それ、イタリア語だよ!」と大笑いされてしまいました。あれれ、どうも勉強する本を間違えていたみたいで…(笑)。
渡航後、しばらくは、ミッシェルとフランソワーズという気のいい夫妻のもとにホームステイしてたんです。ふたりは英語が話せませんから、フランス語の辞書を片手に身振り手振り。相手が聞く耳を持ってくれると、意外と伝わるものですね。
3ヵ月後、なんとか片言のフランス語が話せるようになると、チームメンバーの待つ多国籍アパートへと引越しました。アイルランド人、イギリス人、カザフスタン人、ポーランド人と、国籍も違えば性格もバラバラな5人の共同生活。ワイワイガヤガヤ毎日、にぎやかですよ。彼らはあまり料理をしませんが、僕は肉じゃがや親子丼、今では、マルセイユの地元料理までお手の物です。
チームからは「フランスに来たのだから、フランス語で会話するように」と言われていたので、英語圏からやってきたルームメイトたちも片言のフランス語で、同じように四苦八苦。まあ、それでも、言葉って音だけじゃないですよね。喜怒哀楽で多少、ぐちゃぐちゃでもなんとか通じる。それでも、国際レースでは英語が主流。聞くのはできるんですけど、表現するのは難しい。でも、イタリア語や中国語も勉強していきたいですね。相手のことがより深く分るわけですし。
フランス語の上達とともに、ルームメイトとも日常会話からレースの話、冗談まで頭で考えず話せるようになりましたが、それでも、海外生活での不安、レースでの悩みなどなんでも話せるのは、ミッシェルたち。ミシェルは妻のフランソワーズに花を贈りたいと僕にいうので、レースで優勝したときにもらえるブーケは、僕からミシェルへ、ミシェルからフランソワーズへリレーされます(笑)。優勝してもしなくても、レースのあとは必ず顔を出しました。良かったことも悪かったこともみんなしゃべってから帰るのです。
選手たちは、若くして国を出て異国の地でひとりで戦う。楽しそうに見えても、常に気が張っているんです。プレッシャーやさみしさに押しつぶされそうになる。彼ら夫妻の笑顔がなければ僕はとてもやっていけなかった。ですから、ルームメイトのポーランド人なんて、夫妻のもとにせっせと通う僕を見て、「フミだけ“家族”がフランスにもいてずるいなあ」とよく言っていましたね。
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