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HOME > 英語とアスリート達 > vol.17-1 別府史之

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Athletes and English 英語とアスリート達
別府史之
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vol.17-1vol.17-2(続きはこちら)

100年以上の歴史があるツール・ド・フランス。古い街の石畳を駆け抜け、急勾配の山を越え1ヶ月かけて行われる世界で一番有名なロードレース。ゴールである凱旋門を目指す熾烈な戦いに世界中が熱狂する。いつかあの凱旋門のゴールを一番でくぐりたい -----。その夢を叶えるため、18歳でフランスに渡った「フミ」こと別府史之選手。はじめての海外生活、さまざまな葛藤を乗り越え、2005年、世界最強ともいわれるディスカバリーチャンネル・プロサイクリングチームへ。夢への第一歩を踏み出した別府選手のレースにかける情熱と「これから」を追う。

取材・文  白石 あづさ
撮影  出町  公宏
インタビュー
兄さんのレースを応援していたかって?なぜ自分も出られないんだって憤慨してました
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 ツール・ド・フランスという、なんとも響きのいい言葉を聴いたのは、いつのころだったでしょうか? いったいそれがどんなレースなのかも分らずに、小学生の頃から「いつか、ツール・ドなんとかに出て優勝するんだ」と、友人に宣言していました。

 家族によると、2、3歳で、もう補助輪なしの自転車をスイスイと乗りこなしていたというから、もともとバランス感覚はよかったんでしょうね。補助輪をつけたら、逆にひっくり返ったそうですけど(笑)。

 本格的に興味を持ったのは、小学校に上がった頃。今でもよく覚えているのですが、ある日、家に父の友人が自転車に乗ってさっそうと現れたんです。近所じゃないんですよ。20キロも離れた街から漕いできたと聞いて家族全員びっくり。

 それで、負けず嫌いの父も兄たちもすっかり感化されて、家族で自転車ツーリングを始めたんです。そのうち、兄たちが自転車競技に出始めて…喜んで応援していたかって? とんでもない!(笑) なんで兄ちゃんたちが出場しているのに、自分が出られないんだ!とレースを眺めては、憤慨していました。小さくて、乗れる競技用自転車が売っていなかったんです。

 小学2年生のときに念願かなって、MTBレースに初参加。自分の体にはまだ大きすぎる自転車を、夢中でペダルを踏んで踏んで、15位。小学6年生まで出るレースでしたから、大奮闘だと大人たちにはほめられましたが、父ゆずりの負けん気の強い性格でしょう、「やったー!」ではなく、「負けは負け」と歯ぎしりしてくやしがりました。しかも、最初の試合でチビスケながら悟ったのです……「レースとは、自分との戦いなのだ」と(笑)。

 それからというもの、365日どこに行くにも自転車。素晴らしいことに、家が丘の上にあって、友達と遊ぶにも、お使いに行くにも、登って下って、また登って。兄たちと走りに行けば、無常にも、僕はいつも置いてきぼりにされますから、無我夢中で追いかけているうちに……今思えば自然にトレーニングを積んでいたんでしょうね。その甲斐あって、小学校4年生で小学生の部で初優勝。表彰台、高くて気持ちよかったですよ。

言葉って音だけじゃないですよね。フランスの“家族”の笑顔が僕の支えでした
チームメイトの国籍は15ヵ国と様々。日本人としては唯一の存在。Photo: CYCLINGTIME.com / Makoto AYANO

 プロになりたいという気持ちが高まったのは、兄が日本のプロチームに入り、フランスに渡ったときです。兄はたくさんの海外で得た情報を僕にくれました。どんな雰囲気か、どんなレベルか、レースの展開や走る技術。すべてが日本とは違う。行ってみたい。行って、世界の選手と肩を並べて走りたい。

 その願いは、高校卒業後に叶いました。日本のプロチームに籍を置いたものの、監督は「海外で修行してこい!」と、フランスのアマチュアチームに送り出してくれたんです。

 はじめての海外生活。意気込んで海を渡ったものの、フランス語はさっぱり話せません。何しろ、挨拶くらいは……と思って、向こうの監督に「ピアチューレ!」と元気よく声をかけたら、「おいおい、それ、イタリア語だよ!」と大笑いされてしまいました。あれれ、どうも勉強する本を間違えていたみたいで…(笑)。

 渡航後、しばらくは、ミッシェルとフランソワーズという気のいい夫妻のもとにホームステイしてたんです。ふたりは英語が話せませんから、フランス語の辞書を片手に身振り手振り。相手が聞く耳を持ってくれると、意外と伝わるものですね。

 3ヵ月後、なんとか片言のフランス語が話せるようになると、チームメンバーの待つ多国籍アパートへと引越しました。アイルランド人、イギリス人、カザフスタン人、ポーランド人と、国籍も違えば性格もバラバラな5人の共同生活。ワイワイガヤガヤ毎日、にぎやかですよ。彼らはあまり料理をしませんが、僕は肉じゃがや親子丼、今では、マルセイユの地元料理までお手の物です。

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 チームからは「フランスに来たのだから、フランス語で会話するように」と言われていたので、英語圏からやってきたルームメイトたちも片言のフランス語で、同じように四苦八苦。まあ、それでも、言葉って音だけじゃないですよね。喜怒哀楽で多少、ぐちゃぐちゃでもなんとか通じる。それでも、国際レースでは英語が主流。聞くのはできるんですけど、表現するのは難しい。でも、イタリア語や中国語も勉強していきたいですね。相手のことがより深く分るわけですし。

 フランス語の上達とともに、ルームメイトとも日常会話からレースの話、冗談まで頭で考えず話せるようになりましたが、それでも、海外生活での不安、レースでの悩みなどなんでも話せるのは、ミッシェルたち。ミシェルは妻のフランソワーズに花を贈りたいと僕にいうので、レースで優勝したときにもらえるブーケは、僕からミシェルへ、ミシェルからフランソワーズへリレーされます(笑)。優勝してもしなくても、レースのあとは必ず顔を出しました。良かったことも悪かったこともみんなしゃべってから帰るのです。

 選手たちは、若くして国を出て異国の地でひとりで戦う。楽しそうに見えても、常に気が張っているんです。プレッシャーやさみしさに押しつぶされそうになる。彼ら夫妻の笑顔がなければ僕はとてもやっていけなかった。ですから、ルームメイトのポーランド人なんて、夫妻のもとにせっせと通う僕を見て、「フミだけ“家族”がフランスにもいてずるいなあ」とよく言っていましたね。

〜to be continued〜
プロフィール
別府史之

別府史之(べっぷ・ふみゆき)

ロードレーサー。1983年4月10日生まれ。神奈川県茅ヶ崎市出身。
小学2年でMTBレースに初参加。小学5年で初めてロードレースに挑戦し、初優勝を飾る。高校では自転車競技部に所属し、高校選抜では1・2年生と2年連続優勝、3年時には全日本チャンピオンをはじめ、アジアチャンピオンのタイトルを獲得するなど、各地の大会で快進撃を続ける。卒業後、フランスに渡る。プロの登竜門といわれるステージレース「ジロ・デッラ・ヴァッレ・ダ・アオスタ」で区間優勝し、2005年ディスカバリーチャンネルプロサイクリングチームへ移籍。個人タイムトライアルで好成績を収め、注目を集めている。2006年は個人ロードおよび個人タイムトライアルの全日本選手権を制して、ともに日本チャンピオンのタイトルを獲得。

→ 別府史之  オフィシャルサイト
→ CYCLINGTIME.com


<取材にご協力いただいたお店>

カフェ「CHEZ MADU (シェ・マディ)」

テレビ朝日新本社ビルのパブリックスペースに位置するおしゃれなカフェ。
オリジナルのケーキ・焼き菓子がおすすめです。
広々とした明るい吹き抜けの空間にゆったりとしたソファを配置していて、六本木ヒルズの庭園を眺めながらくつろぐことができます。

電話: 03-6406-2188
営業時間: 10:00〜20:30(LO 20:00) 無休
URL: http://www.tv-asahi.co.jp/hq/cafe/

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