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HOME > 英語とアスリート達 > vol.10-1 松田秀士

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Athletes and English 英語とアスリート達

Hideshi Matsuda 松田秀士
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vol.10-1vol.10-2(続きはこちら)

大物芸能人の付き人兼運転手、それが松田秀士のレースカードライバーの出発点になる。ドライバーとしてのデビューは遅かったが、才能は開花。富士スピードウェイでの名言「待ってろ、中嶋!!」へと続く。その後、新たなる活躍の場を求め、松田はアメリカへと旅立った。

取材/文 恩田ひさとし
インタビュー
国外のレースに意識なし
 レーサーになるきっかけは義理の兄ビートたけしの付き人兼運転手になったこと、ここからになります。ドライバーとしては遅いデビューでしたが、義兄のサポートもあって、2年目でF3、3年目にはF2と、順調にステップアップすることができました。義兄も気をよくしたのか、F3で初優勝した富士の表彰台では、当時無敵だった中嶋さん(後のF1レーサー)に向かって「待ってろ、中嶋!!」と言い放って、大盛り上がりでした。
  でも、海外を意識していたことはありませんでした。インディ500をテレビで見ていて、「あんな危ないレースには出ないでね」と、家族に言われていましたから。インディ500にはF1で名をはせたレーサーも参加していましたし、自分があのカテゴリのレースに出ることはないだろうな、それが当時の思いでした。
きっかけはレポーター

 インディ500の印象は「クラッシュしたら死ぬ」でした。日本やヨーロッパのサーキットとは異なり、コースの外には車を減速させる砂利のエスケープゾーンもなければ、外壁にはクッションとなるタイヤもありません。コースと観客席を隔てているのは、分厚いコンクリートの壁だけ。しかもオーバル(楕円形の周回コース)なので、ストレートもコーナーもほぼスピードは同じ。家族が「出ないでね」というのも無理はありません。
  92年、バブルが崩壊して、乗る車がなかった時期がありました。そのころ、インディ500のピットレポートの話がきました。プロのドライバーにレポートをしてもらいたいという局側の考えだったと思います。それで、レポーターとしてアメリカに渡り、実際にインディをこの目で見て、「これ、オレにもできるな」と思ったんですよ(笑)。

スタンディングオべーションのスピーチ
 それで、翌々年の94年、インディ500に参加できることになりました。1年落ちの車でしたが、予選は14位。本戦ではナイジェル・マンセル(92年のF1ワールドチャンピオン)とバトルしたり…。91周目にクラッシュしましたけど、「死んでもいい。攻めて、攻めて、攻めきってやる」、そんな覚悟での参戦でしたから、完走云々よりも、アグレッシブなレースができたことに手応えを感じました。
 インディ500の翌日に、パーティーがあって、出場した全ドライバーがスピーチをするんです。そのことを知らなくて、まして英語が分からないわけですから、困りましたよ。主催者からは「日本語でいいから」とは言われましたけど、僕の前にスピーチしたドライバーが全員英語で話すわけです。「日本語で話すのはまずいよな」、そんな印象でした。
 それで、順番がくるまで必死でスピーチを考えたんです。そのとき思い浮かんだのがチーム監督のディック・サイモンの言葉でした。当時日本にはオーバルコースはなかったですから、正直怖いです。それを察した彼がアドバイスをくれました。「壁を怖がっちゃいけないぞ。壁を友達と思え」と。テキサスにあるオーバルコースを初めて走ったときの言葉です。
 これを思い出して、「When I drove first time in oval course on Texas World Speedway, Dick Simon taught me wall was friend, so I kissed the wall yesterday.」。観客が総立ちになって、拍手してくれました。そして、「I love Indy」と締めくくったら、これまたスタンディングオベーションです。
 「スピーチだったらオレが優勝だろう」、これがインディ500の1年目でした。
〜to be continued〜
プロフィール
松田秀士 松田秀士(まつだ・ひでし)

51歳。26歳で上京し、義兄ビートたけしの運転手兼付き人に転身。83年に鈴鹿ビッグ2&4シビックレース、84年にF3参戦。第3戦・富士で優勝。85年にはF2(後にF3000)と、国内最高峰のフォーミュラカーのレースをはじめ、グループC、グループA、全日本GT選手権でも活躍。国外でも92年にデイトナ24時間レース、92・01年にはルマン24時間レースにも参戦。そして、94年からは日本人二人目のドライバーとしてインディ500マイルレースに参戦し、96年には当時日本人最高順位の8位となる。51歳になった現在も全日本GT選手権のドライバーとして活躍中。
http://www.matsuda-hideshi.com/

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